殖産興業・富国強兵――<br> 日本の近代化を支えた横浜の洋館・建造物                                              
                     
                   
日本の近代化を支えた――
横浜の洋館・建造物・産業遺構
   
   
   
         
     
 
  051 横浜港・大さん橋

   
 
大さん橋は、平成14年に桟橋ではなく岸壁になった。接岸しているのは英国籍のダイヤモンド・プリンセス。115,875トン、全長290m、乗客数2,706名(三菱重工長崎造船所で建造)。横浜ではおなじみの船。


   安政6(1859)年、幕府は横浜港を開港するにあたって、来航する外国の船のためにいまの山下公園のあるあたりに2つの突堤をつくった。
 慶応2(1866)年に起こった豚屋火事で、関内地区の多くの家屋が損傷したため、区画整理も行い新たに西波止場の根元から防波堤を兼ね屈曲した突堤、象の鼻を作った。
 これらはいずれも、はしけ用の突堤で船舶が接岸できる岸壁、桟橋ではなかった。その後、生糸を中心に輸出入が活発に行われるようになったことで、接岸できる桟橋の建造が求められ、明治22(1889)年H.S.パーマーの意見書によって横濱築港計画が実施されることになり、海底を浚渫し、海の中に長い脚を下した桟橋をつくり、明治27(1894)年、第一期工事として作られたのが西波止場を改造した鉄製の桟橋「鉄桟橋」だった。

   構造は、鉄製のスクリューパイル(螺旋杭)を海底にねじ込み、その上に桟橋を固定させたもので、パイルの鉄材はスコットランド・グラスゴーのバローフィールド社製。
 螺旋の直径は約1.52m、高さ約0.7mであり、それに鋳鉄管直径30.48cm、肉厚3.55mm、長さ16.5mの杭本体がついていた。最初に桟橋を建設したときには、建設重機がまだなかった。そのために杭は人力でねじ込んだという。桟橋づくりと一口に言うが、いまと違って、大変な作業が必要であった。
 
 
桟橋時代を支えていたスクリューパイル。これが100本近く海底に撃ち込まれていて桟橋を支えていた。


 鉄桟橋は外国航路の大型船舶が直接接岸できる桟橋として生糸貿易のみならず、綿花・綿製品、洋酒、時計、砂糖をはじめ、大型客船が多く寄港し、輸出入に大きく寄与したが、その後、関東大震災で損傷した。復旧工事に採用した螺旋杭は、螺旋直径1.82m、高さ1.12mとし、杭本体は無垢の鋼柱で直径16.5cmであった。現在の岸壁型の大さん橋になる前の大桟橋がこれだった。
 その後は、新港が整備され、山下埠頭、本牧埠頭が整備されたことから貨物船の利用はそちらに移り、大桟橋は客船を中心に利用されることになった。大正から昭和の初めは、海運が先端業界、最盛期であり、大型船の来航が増え、改修が繰り返されながら、日本の代表的な客船用の国際港として利用されてきた。

 
 
両岸壁に大型船が接岸した光景。向こう側の大きな船はダイヤモンド・プリンセス。こちら側で接岸している船は27,000トン、全長183メートルのぱしふぃっくびいなす (Pacific Venus) で日本クルーズ客船所属、乗客数696名。石川島播磨重工東京第一工場で建造された。ぱしふぃっくびいなすも十分大きいが、11万トンクラスと並ぶと大人と子供に見える。


 ■送迎デッキ−−くじらの背中
 そして、平成14(2002)年にそれまで桟橋だった海が埋め立てられて、岸壁としてつくり替えられた。大桟橋が岸壁になった際に、それまで桟橋を支える足、土台の役割を果たしていたスクリューパイルが掘り出され、現在、大さん橋入り口の右手前や横浜橋梁の1号ドック周辺に、説明板とともに置かれている。
 平成14年に、岸壁としてつくり替えられたことで、桟橋ではなくなったいまも、名称は「おおさんばし」のまま。呼び名は変えず、桟橋ではなくなったため、文字を「大さん橋」としている。
 構造は、地下1階、地上2階で、建物の長さ約430m、最高高さ約15m、幅約70m。客船の歓送迎用にある程度高さは確保しながらも、両側にある赤レンガ倉庫、山下公園側からの見晴らしを妨げないように低層に仕上げられている。設計は、イギリス在住の建築家、アレハンドロ・ザエラ・ポロとファッシド・ムサヴィ。

 
 
屋上は緩いうねりがあり、くじらの背中と呼ばれている。芝生とボードでくつろげる気持ち良いスペースだ。


   客船ターミナルとしては、約44,000平方メートル、3万トン級の客船は4隻が同時接岸可能で、渡船橋も4基用意されている。国際港として必要な税関・出入国管理・検疫施設なども備えていて、インフォメーション、発券所、客船待合スペース、店舗、飲食店などもある。また、ホールもいくつかあり、海辺のイベント会場として利用されている。
 船の良さは、下船時には、ほぼ船の中でイミグレーションの手続きができるので、下船用のデッキを使えば移動距離も飛行場と違って短く、スムーズに降りられる。流れもよく、極めて快適だ。課題は、ターミナル出口の交通手段か。
 屋上は、送迎デッキ、野外イベント広場として芝生と木製ボードで2つのゆったりしたうねりになっていて、くじらの背中の呼び名で観光スポットとして人気を集めている。               
 
大桟橋からは、赤レンガ倉庫、ホテル・パシフィコ、ランドマークタワーなどがよく見える。
 
横浜の観光スポットとして3塔が言われるが、3塔が一緒に見られるスポットがこのくじらのせなか。

 
       
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