殖産興業・富国強兵――<br> 日本の近代化を支えた横浜の洋館・建造物                                              
                     
                   
日本の近代化を支えた――
横浜の洋館・建造物・産業遺構
   
   
   
         
     
 
  049 ハンマーヘッドクレーン

   
 
大正3年に設置された50トンのハンマーヘッドクレーン


   
■横浜港に最初に導入されたクレーン
 新港が整備された際、荷役のエースとして大正3(1914)年、8号岸壁の埠頭に設置されたのが、1913年にイギリスのコーワンス・シェルドン社で製造された50トンのハンマーヘッドクレーンだ。金槌に似たT型で、50トンの荷重まで吊り上げが可能。横浜港のクレーン第1号である。
 高さ約25.2m、旋回半径最小6.6m、最大18m、公称揚力50t、試運転時は67t。動力に電力が使われたのは、貨物の一時保管倉庫の照明用にも電力が必要なことから、停電などで港湾機能に支障の出ないよう、埠頭構内に独自の発電所を設けた。
             
 
クレーン用の電源のための発電所(出展:大蔵省「横浜税関新設備写真帖」)
 
発電所内の機関室(出展:大蔵省「横浜税関新設備写真帖」)

 発電所は、石炭火力発電装置により直流電気・毎秒電圧500Vの能力を備え、送電ケーブルを地下埋設とした。特に、港湾貨物の量は時期によって繁閑があり、電力使用量の増減が甚だしいことから費用節約のため蓄電装置も設けられた。当時としては画期的な設備だった。しかし、関東大震災で発電所建屋が崩壊したため、独自発電から購入電力に切り替えられた。

   戦後は昭和31(1956)年まで連合国軍総司令部(GHQ)に接収され、使えない状態が続いた。接収解除後、しばらくは港湾輸送が活況で使われたが、1970(昭和45)年代になると、コンテナ輸送が中心になり、港湾機能の中心が本牧や大黒埠頭に移ったことから、役割を失った。
 ハンマーヘッドクレーンは新港の岸壁にいまもそのまま残されていて、経産省のすすめる「近代化産業遺産」に登録されている。この時代に作られたイギリス製のクレーンは、横浜のほかにも長崎造船所と佐世保造船所に各1基残されている。
 現在、横浜市ではこのクレーンを拠点に、「ハンマーヘッドパーク」として再開発を進めていて、大型客船が着岸できる客船岸壁とともにオープンする予定だ。

 
 
ハンマーヘッドクレーンがあった地区は再開発が進められている。2020年にはオープンする予定だ。また横浜に新しい観光地が誕生する。

  
       
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