殖産興業・富国強兵――<br> 日本の近代化を支えた横浜の洋館・建造物                                              
                     
                 
日本の近代化を支えた――
横浜の洋館・建造物・産業遺構
   
   
   
         
     
 
  038 日本穀物検査協会・横浜支部ビル(旧曜堂)

   
 
開口部を大きくとったカーテンウォール構造で、表には、サッシで付け柱のように2,3階を通したラインが入っている。連窓でヨコの流れになりがちな印象を、タテに変えている。建築時の工夫とすれば設計者の創意であろうか。3階建てに見えるが、一部4階建てなのだ。


 ■昭和初期のモダニズム作品
 この場所を伝えるのがなかなか難しい。中華街の本通りを善隣門から入ると、中ほどの左に更生堂薬局がある。その手前を左に入ってまっすぐ抜けると広東道に出る。その左むかいに見える大きなガラス窓のビル。
 海岸の方から入ってくると、ローズホテルの前の開港道を進み、少し行くと、加賀町警察の方に左斜めに入る道がある。そこを曲がらずにまっすぐ行くと左にカーテンウォールのガラス張りのビルが見える。それが一般財団法人日本穀物検定協会横浜事務所である。
 昭和の初めに造られたビルでカーテンウォール構造によるビルは、伊勢佐木町の不二家、芸術劇場裏のインペリアルビルなどいくつかあるが、ここも同じカーテンウォール構造を取り入れたビルである。
 カーテンウォールとは、建物の荷重を柱で受けて、壁には負荷をかけない構造を言う。壁を鉄筋コンクリートにする必要がないので、このビルのように、全面ガラスを使った窓にすることができるわけだ。
 この曜堂ビルに、日本穀物検定協会横浜事務所が入居したのは昭和30(1955)年ころとのこと。以来すでに60数年、当時のことをリアルに覚えている人はほとんどいないだろう。いま、日本穀物検定協会さんが、このビルのオーナーでもある。
 できてから、そろそろ90年になろうとするから、時代を経た古さはあるがデザイン的に違和感はない。昭和のはじめのモダニズム盛んな頃のデザインの、中には奇抜なものもあったようだが、なんと普遍的であったことか、とあらためて思う。
 歴史に残るものには、単に見た目に美しい/醜い、新しいというだけでなく、いつの時代にも通じる、真理に近づいているといったものがあるのだろう。美しさとか、芸術とはなにかといったことにかかわってくる話なのだろうが。

   ■自然の恵みを生かすパッシブデザイン
 建てられたのは、昭和6(1931)年。曜堂という事務所のビルとして作られたと資料にあるが、その曜堂なる事業所がどんな業務を行っていたのか、まるで情報がない。
 中華街の隣接地だから、関連の事業者が入居していたのかと思うが、昭和初めの中華街は、いまのテーマパークのような中華街と違って、飲食店よりも普通の生活雑貨を販売したり、クリーニング店、理髪店、など一般の商店街と同じような店がたくさん並んでいたりしていて、入れ替わりも激しかったから、情報はなかなかつかめない。
 鉄筋コンクリート造りで4階建て、設計は東京帝大を出て戸田組にいた山越邦彦。資料によると、モダニズム建築などに詳しく、のちに横浜国大の教授を務めた論客として知られ、太陽光などを有効に利用するパッシブデザインの提唱者でもあったらしい。
 ものの本によれば、パッシブデザインとは、太陽の光や風といった「自然の恵み」活用する手法とかで、このビルの開口部である窓を大きくとっているのは、陽光を最大限に取り入れようという意図だろう。
 
 
建物の裏側。表と同じカーテンウォールの連窓で、こちらにはタテの線はない。
こちらから見ると、4階建てであることが分かる。


 カーテンウォールが当時としては最先端のデザインでもあったというだけでなく、パッシブデザインを実現する一つの具体的な形であったところに、理論派らしいところが出ているというべきか。
 表に、タテに2,3階を通した付け柱のような細いサッシが何本かおかれ、タテの流れを作っている。これは後から追加されたものであろうか。もし当初の設計にあったとすれば、横のイメージが強いガラスを多用したカーテンウォールに飽き足らず、一工夫をしようとした山越の創作者としての意地のようなものを感じることができる。
 ちなみに、日本穀物検定協会とは、魚沼産コシヒカリ特A級・・・などと全国の産地別のコメをランク付けしている「米の食味ランキング」を行う団体で、ここはその横浜事務所である。

       
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