殖産興業・富国強兵――<br> 日本の近代化を支えた横浜の洋館・建造物                                              
                     
                   
日本の近代化を支えた――
横浜の洋館・建造物・産業遺構
   
   
   
         
     
 
  029 横浜貿易協会ビル・海洋会館ビル

   
 
大桟橋入り口交差点に面して建つ横浜貿易協会ビル。おなじみの光景である。


 海岸通りが県庁舎の裏を通り、大桟橋へと左に曲がっていく、その左角に立つビルで、昭和4(1929) 年。横浜貿易協会の事務所として作られた。鉄筋コンクリート造り、3階建てで、外壁は縦に並べたスクラッチタイル。
 このビルの左の前が横浜開港資料館、その隣が神奈川県庁舎である。右に行くと大桟橋で、象の鼻に抜ける路地をはさんで前回ご紹介したエキスプレスビルがあろ。
 横浜貿易協会は、明治38年、横浜商工会議所の中の横浜輸出協会として発足、昭和2(1927)年に横浜貿易協会と改名して社団法人になった。貿易業者の集まりで、産業の振興を目指して情報交換、人材育成などを行っている団体である。事務所は現在もこの会館3階に置かれている。
 このビルは、交差点に面した角が削られて平面になっていて、スクラッチタイルの落ち着いた色の2階部分に白い文字で「公益社団法人横浜貿易協会」と書かれている光景が目に焼き付くように印象的だ。
 
 
角に面して見えるビルの顔。テナントとして1,2階にはいるスカンディヤのデンマーク国旗をあしらった
キャノピーがバックのタイルといい雰囲気を出している。


 このビルと隣の海洋会館は、同時に建てられ、共通のデザインが採用されている、双子のビルである。設計・施工は大倉土木だが、監修者として、エキスプレスビルの設計者川崎鉄三が当たったと言われている。
 日本大通りから港のほうに向かって進むと、そのまま象の鼻パークに繋がっているが、象の鼻パークに入る入り口のすぐ右に2つ並んでいるのが、海洋会館ビルと横浜貿易協会ビル。
 
 
象の鼻公園のすぐ右に立つ海洋会館ビル。右はセットで作られた双子の横浜貿易協会ビル。
1階の間に通路が、また屋上にも両ビルをつなぐはしごが設置されているのがわかる。



 ■北欧料理店“スカンディヤ”
 横浜貿易協会ビルの1,2階にテナントとして入っているのは、レストラン・スカンディヤ。このビルの代名詞といっていい。このビルの名前は知らなくても、あのスカンディヤのあるビルといえばわかる。正式な日本名は「スカンディヤ」なのですが、SCANDIAと書かれているので、呼ぶときはどうしてもスカンディアと呼んでしまう。
 おもにデンマーク料理を提供する北欧料理店である。1階のブルーのキャノピーと2階部の赤に十字のデンマーク国旗をあしらったキャノピーが、壁のスクラッチタイルの色にうまくマッチして、異国情緒を出している。
 創業が東京オリンピックの前年、昭和38(1963)年と古く、いまやこのビルとお店の光景は、大さん橋入り口のランドマークのようになっている。この店はカラヤンが訪れたり、松任谷由美がよく利用したりしたお店としても知られている。
 隣の海洋会館ビルも、まったく同じデザインで、元は「大倉商事横浜出張所」として同じ昭和4年(1929)に建てられた。建物は箱状の小ぶりなビルで、複合型のテナントビルとして現役だ。
 
 
横浜貿易協会、海洋会館のスクラッチタイル。


 この2つのビル、双子ビル、隣り合った部分だけを見ると区別がつかない。うっかり話しながら前を通ると、一つのビルとして見過ごしてしまいそうだ。
 それほど違和感がないのである。といっても、離れてはいるが通路がつながったりしているのだから、まあ、一つのビルといってもいいのではないかと思うくらいだ。

 この2連のビルの隣にある、いやあったもう一組のスクラッチタイルの2連のビル(今は1つだけしか残されていないが)、そのビルの設計したのがこのビルの監修を担当したとされている川崎鉄三。そのもう一つ残されているビルが次に紹介する昭和ビルだ。横浜貿易協会ビル+海洋会館ビルは双子のビルだが、むしろ、隣にある、いまはなくなってしまったキッコーマンビルに昭和ビルを加えて、2組の双子の4人兄弟のビルと考えた方がよさそうだ。
       
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