殖産興業・富国強兵――<br> 日本の近代化を支えた横浜の洋館・建造物                                              
                     
                   
日本の近代化を支えた――
横浜の洋館・建造物・産業遺構
   
   
   
         
     
 
  028 エキスプレスビル

   
 
夏になるとうっそうと茂る街路樹の陰に隠れて表からよく見えないのが残念だが、
ユニークなカラーリングが楽しい。ひっそり隠れた印象的なビル。


 大さん橋の入り口交差点から大さん橋に入る入り口の左、大さん橋に入ろうとする人間を、いかにも閻魔様が門番としてチェックするために立っているようなビルがエキスプレスビル。ミナトを舞台にしたハードボイルドな、売れない探偵の事務所がありそうな、ちょっとレトロでおしゃれなビルだ。
 もともとは株式会社ジャパン・エキスプレスの本社ビルとして昭和5(1930)年に建てられたもので、鉄筋コンクリート造り地上3階、地下1階。
 設計は、昭和初めにモダニズムの旗手として、若尾ビル、インペリアルビル、後に紹介する昭和ビルなど、横浜地区で多くのモダニズムの流れをくむ建物をデザインしてきた川崎鉄三の作品である。
 モダニズムというと、無駄な装飾を省き、形がユニークというイメージが強いが、この独特のカラーは、建築以来の色なのだろう、しゃれていてユニークだ、いまでも新しい。  外壁は赤みがかったベージュのタイルに、レンガ色の大きく窓を囲んだ太いライン。縦長の規則的な窓の周りを埋める白いタイル、何とも独特なカラーリングのコントラストが印象的な建物だ。
 
 
外装もそうだが、ビルの中も昔のまま、床や階段もレトロで手が込んでいる。


 また、正面玄関から2階、3階へとつながる階段室の明り取りと、その両脇にある四角い柱が、古代建築のオーダー(列柱)のように見えて、モダンななかにも、古典建築のニュアンスを持たせた、まさにモダニズムの極致、川崎鉄三のセンスを感じさせる仕事といっていいだろう。

   ■所有者が変わってもビル名はエキスプレスビル
 大さん橋の入り口にあって、建てられた当時は、新しいデザイン、カラーづかいの建物として、見る人に、外国につながるイメージを喚起していたのではないかと思う。
 このビルは、いまでもエキスプレスビルの名で1階は店舗、2階以上はオフィス用ビルとして使用されており、大さん橋入り口という立地もあって、入居希望をしても、なかなか順番が来ないほどの人気だ。
 
 
側面のデザインも、基本的に表を踏襲して、カラーもそのままだ。


 建物の前に立つ街路樹が夏になると青々と葉を広げて、建物を隠してしまうのはとても残念。前を通る人がこのビルの存在に気づかずに通り過ぎてしまうのがもったいない。街路樹を全部取り払って、通る人にしっかり見せたいところだが、それはないものねだりの無理な相談だろう。ただ、惜しい、のひとことである。
 ジャパン・エキスプレス且ミは、平成28年(2016年)に、事業を渇F徳と、商船三井ロジスティクス鰍ノ譲渡してしまったので、現在の持ち主はジャパン・エキスプレス社ではなく、横浜を本拠とする渇F徳。
 横浜人以外には名前になじみがないかもしれないが、港湾運送・物流・プラント事業を営む大手で東証一部上場企業である。
 所有者が変わっても、エキスプレスビルと名前を変えないのはうれしい。

 
       
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