殖産興業・富国強兵――<br> 日本の近代化を支えた横浜の洋館・建造物                                              
                     
                   
日本の近代化を支えた――
横浜の洋館・建造物・産業遺構
   
   
   
         
     
 
  023 不二家ビル(伊勢佐木町店)

   
 
全面一杯にガラスを使ったデザイン。左のブガラスロックを使った明り取りと右の全面ガラスウォールという組み合わせに、洋菓子の新しいイメージが重なって、新鮮に受け入れてもらえたのではないか。


   ■アントニン・レーモンドの作品
 松坂屋の向いあるのが不二家伊勢佐木町店。全面カーテンウォール工法で、「え?これが古いビル?」と一瞬思うほど、周囲になじんで、とても建てられて80年以上が建つビルとは思えない。
 不二家は、銀座店などがよく話題になり、全国に店舗展開していて、ペコちゃん、ポコちゃんのキャラクターでもよく知られていることもあって、もともと東京の洋菓子店だと思っている人も多い。
 もともと横浜・元町から始まったお店だということは知っている人がいれば、それはよほどマニアか、洋菓子ファンの方であろう。

   明治43年(1910年)に藤井林宇衛門が元町で洋菓子店を創業、その後、アメリカに視察に行った後、帰国後の大正11(1922)年に新規出店したのが伊勢佐木町店だった。だからルーツを言えば横浜元町だが、洋菓子店として知られるようになったのは、この伊勢佐木町店からである。
 当時、最もモダンな流行の最先端を行く横浜一の繁華街で、洋菓子店を開き、生クリームを生かしたシュークリームを売り出したことから人気になり、昭和12(1937)年に店舗を新築した。

   設計を担当したのが、フランク・ロイド・ライトの助手として来日し、帝国ホテルの建設・設計の手伝いをしていたアメリカ人建築家のアントニン・レーモンド。最近あちこちで見直され始めているデザイナーだ。建物は鉄筋コンクリート造りの地上6階、地下1階建て。
 ライトの建築群は、アゼルバイジャンで開かれた今年(2019年)のユネスコ(国連教育科学文化機関)で、世界文化遺産の登録が決まった。そのライトの流れを汲むデザイナーの作品である。このビルもまた新たな注目を集めることになろう。

   ■モダニズム作家の面目躍如
 前面はカーテンウォールを採用し、横いっぱいをガラスで覆うなど、一般に使われているガラスの強度に関して、それほど信頼度がなかった時代だから、ここまでガラス面を表に出していることに対して、当時の人たちはその新しさに驚いたのではないか。シンプルなデザインだが、インパクトは大きい。
 そして、サイドの部分で大きく占める階段スペースは、明り採りも兼ねてガラスブロックを積み上げている。
 
 
全面ガラスは表だけでなく裏面もそのまま。掛け値なしのモダニズムという所か。



   まだ、ガラスは壊れやすいという時代である。これだけガラスをふんだんに使っての店舗設計は、つい10年程前に大震災があって町全体が倒壊したという記憶も新しい中で、ガラスの家?というイメージもある思い切ったデザインを見た人は、最先端の新しい街・横浜という思いを強くしたのではないかと思う。
 まさに、モダニズム作家の面目躍如たるところだ。

   戦後は、東日本の占領任務に就いていた米陸軍第8軍に接収されてヨコハマクラブとして利用された。同時に近くの建物も接収されていたことから、接収解除後もしばらく復興が遅れ、不二家伊勢佐木町店が再び活気を取り戻すのは昭和30年代に入ってからだった。再開後は、物資がまだ豊富に出回らない中で、ハンバーグやソフトクリームなどをメニューにして人気となり、不二家の名を高めた。

       
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