殖産興業・富国強兵――<br> 日本の近代化を支えた横浜の洋館・建造物                                              
                     
                   
日本の近代化を支えた――
横浜の洋館・建造物・産業遺構
   
   
   
         
     
 
  020 インペリアルビル

   
 
インペリアルビル。連続窓が印象的だ。屋上にはペントハウスが作られている。


   ■外国商人のための長期滞在アパート
 昭和初めにモダニズム建築界をリードし、若くして亡くなった川崎鉄三の作品のひとつ。外国人商社員が長期滞在できるような事務所兼アパートとして昭和5(1930)年に建てられた鉄筋コンクリート4階建て。KAAT(神奈川芸術劇場)/NHKの先を海岸通りの方に入った2本目の左にあるビル。
 ベッドのほかにも若干の生活スペースがあり、場合によっては、持ち込んだ商品を部屋に広げて、日本人を呼んで展示するなど、簡易ショールームなどとしても利用されていたようだ。

 関東大震災で、町ごと倒壊したことを受け、行政は復興建築という名目で丈夫なビルの建設を奨励した。このビルもそんな流れの中で昭和の初めに耐震性を基本に設計・施工されたため、行政からも地震に対して安全なビルであることの証明を受けている。
 2011年の大震災に際しても、揺れる周囲をしり目に、全く問題はなかった、という。90年前のビルとは思えない耐震性に驚きだ。戦前の耐震設計のビルとしても他に類のない貴重な存在で、2011年に横浜市の歴史的建造物に指定されている。
 
 
エントランス、何とも言えないレトロモダンの雰囲気。不思議と懐かしい思いがある。



   このビルの特徴は、戦後米軍に接収されて4階部分が増設されるなど、少し改造されてしまったが、現所有者の祖父が建設して以来、入居者は変わっても、所有者が変わらないこと。だから、用途も、貸事務所・店舗などの複合ビルとしての性格は強くなったが、基本的な部屋の間取りはほとんど昔のままで残っているという貴重なビルだ。
 ただ、接収中はホテル ニューグランドに滞在するマッカーサーを護衛する将校たちが滞在し、のちに根岸や本牧に住宅を作った際に、備品などを一部持ち去られてしまったために接収解除後は宿泊施設として営業を続けられず、オフィスビルに転じざるをえなかったらしい。v  あのまま続けていれば、長期滞在型の宿泊施設として継続できたのではないかと惜しまれる。外国人用のウィークリーマンション?として高度成長期にも需要はあったはずだから。
 裏通りにあり、昭和初めとは思われないモダンな意匠のために、目立たないが、これが90年前に建てられたビルと言われてあらためて見ると、実に味わい深いビルであることに気づく。
 ひっそりとたたずみながらここぞという要所で観客をうならせる、年季の入った老優の芝居を思わせる建物である。
 
 
受付窓口の上や階段の降り口などに戦前戦後の商品やたばこの箱などが並べられている。
これだけでも一見の価値あり。


 ■丸ごとすっぽりタイムカプセル
 空襲にも焼けず、接収されていた期間を除いて事業が継続されているので、備品や什器だけでなく、ビルの図面や取引の書類なども残されているという、エアポケットのように残された、まさにまるごとすっぽりアンティークそのもののビルなのだ。
 そういえば、マッカーサーが故意に避けたのではないかといううわさもあり、空襲に被災しなかったホテル ニューグランドも近い。山下公園側に出れば、すぐ裏がやはり焼け残ったイギリス7番館がある。

  

階段スペース、装飾も落ち着いていて、レトロモダンを感じさせる。

階段の装飾なども目立たないが、よく見ると、非常に細かい神経が使われていることが分かる
 写真のように、階段の飾りに真鍮などの金具が使われているが、戦争中の金属徴収からも免れて、そのまま使われている。中に入ると、階段や廊下、ドアのデザイン、さらには部屋の中の備品まで、まさに昭和初期の息吹がタイムカプセルのように保存されている。
 外観は、全面の水平に連続したカーテンウォールがユニークで、その内側は、サンルームのよう なベランダ空間。現在も現役で1階には店舗が、2〜4階にはファッション関連の店舗や設計事務所などのオフィス、スタジオが入っている。
 独特のレトロモダンなイメージを活かして、映画などのロケにもよく使われている。派手な洋館とは一線を画す、しっかり時代がそのまま保存された一見に値する洋館である。
 
 
1階は貸しギャラリー。置かれているテーブルもイスも昔のままである。


       
≪洋館・建造物・産業遺構-索引ページへ≪
≪前ページ「旧露亜銀行(ラ・バンク・ド・ロア」へ≪≫次ページ「居留地48番館「モリソン商会」遺構」へ≫
   


 
   





Copyright(C)  2018, Fumihiko KAJI. Japan