殖産興業・富国強兵――<br> 日本の近代化を支えた横浜の洋館・建造物                                              
                     
                   
日本の近代化を支えた――
横浜の洋館・建造物・産業遺構
   
   
   
         
     
 
  019 旧露亜銀行横浜支店(現・ラ・バンク・ド・ロア)

   
 
古典様式が建築当時のまま復元された大震災前の貴重な建造物。道路に挟まれてぽつんと立つ。
いまはブライダル施設として利用されている。


 ■関東大震災を生き残った数少ないビル
 横浜の町は関東大震災で、関内地区はほぼ全壊してしまったが、唯一、骨格が残って立っていたのが、横浜正金銀行(神奈川歴史博物館)とこの露亜銀行ビルだった。
 町が倒壊し、はるか遠くを見わたせるがれきの中に、このビルだけが1棟ぽつんと写っている写真の光景は、なんとも印象的だ。その意味では、大震災前に作られた洋館として非常に貴重だ。横浜市の歴史的建造物に認定されている。
 本町通りを馬車道方向から進んで、県庁を過ぎ、神奈川芸術劇場(NHK横浜支局)の手前にあるのがこの露亜ビル。

 
 
窓にも装飾の保護枠が付けられていて、繊細さは若い女性たちに人気だ。


 建てられたのは大正10年で、設計はリバプール出身のイギリス人バーナード・M・ウォート。露亜銀行はロシアとフランス資本の銀行で、露亜銀行として使われた期間は短く、その後ドイツ領事館として用いられたそうだ。戦後は米軍の接収を受け、返還された後、法務省横浜入国管理事務所、警友病院別館として利用された。
 鉄筋コンクリート造り地上3階、建築面積478平方メートルという、こぢんまりした建物で、平成23年(2011年)に改装・工事が行われ、もともとも姿に忠実に復元された。
 前面の中央に入り口があり、その上部にメダリオン飾りを持ったペディメント(三角ひさし)があり、円柱の2本のオ−ダーがその上に立つ。円柱頭部の飾り、半円窓にはキーストーンが置かれ、1階の窓には装飾のガード付き・・・どれも繊細な意匠で、全体がほぼ完ぺきな形で古典主義の様式にのっとっている。
 
 
入口上部のペディメントと卵型のメダリオン装飾。



 ■ブライダルイベントの人気会場に
 一般に、鉄筋コンクリートが日本で使われるようになったのは、関東大震災の復興工事からといわれている。イギリス人の設計ということであれば、海外では既に使われていた建築法なのでうなずける。
 とはいえ、震災前に建てられたこのビルは、早い時期に鉄筋コンクリート造りが取り入れられた非常に珍しい貴重な建造物であり、建設工事中だけでなく、特に大震災後に、その堅牢さに関して、多くの設計家の研究対象として注目され、見物が相次いだのではないかと推測される。
 
 
ビル前に立つ説明版。右の写真は関東大震災後にポツンと1棟だけが立つ姿が映されている。印象的な写真だ。


 現在は、ラ・バンク・ド・ロアとして、結婚式やイベントなどへの貸しスペースとして使われている。内装についても、大理石の階段、2階の四隅にあるオーダー柱など、建築時の状態がそのまま残されている。居留地のビルの大半が大震災で倒壊した中で、わずかに残された外資系の銀行の意匠としても重要だそうだ。

       
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