殖産興業・富国強兵――<br> 日本の近代化を支えた横浜の洋館・建造物                                              
                     
                   
日本の近代化を支えた――
横浜の洋館・建造物・産業遺構
   
   
   
         
     
 
  013横浜銀行集会所

   
 
本町通りに面した横浜銀行協会ビル。アール・デコ調の控えめなデザインが、気持ちを落ち着けてくれる。


 ■銀行人のための安息所  本町通りを馬車道から県庁舎の方に歩いて行った、一つ目の交差点の左先にある、昭和11(1936)年に建てられたビル。横浜銀行-集会所と読みがちだが、正しくは、横浜-銀行集会所なのだろう。横浜にある銀行関係者の親睦のための集会場である。建物としては4代目で、鉄筋コンクリートの地上4階地下1階である。
 銀行協会とは、もともと明治14(1981)年に銀行人が集まって作られた組織が紆余曲折を経て発展したもの。明治38(1905)年にできた遠藤於?(おと)の設計になる2代目の建物が、関東大震災で倒壊し、急遽つくった3代目に代わるものとしてこの4代目が建てられた。設計は大熊喜邦。

   昭和28(1953)年に組織を横浜銀行協会とし、当初は3階建てだったが、昭和40(1965)年に、手形交換所を開設する必要があって4階部分が増築されて4階建てになった。
 
 
もともと4階はなかったので、コーニスといってもいい3階の上部に装飾ががつけられているが、
落ち着いた色彩だ/font>


 特徴的なのは、正面入り口の位置。数段の階段と屋根があるだけのシンプルな玄関ポーチが、中央ではなく、またどちらかの端にあるわけでもなく、中央から少し左に寄った微妙な位置にある。建物は非常に大人しい設計というか、クラシックなデザインなのに、この少し偏った入り口があることで、動きが出ている。ポーチ横につけられた六角形の窓も、この少し寄った位置をうまく生かしている。

 
 
ポーチの側面に、こんな装飾も、港町らしい装飾だ/font>


   外壁は、北西面と南西面(道路に面した正面)が擬石ブロック張りで他の面はモルタル。シンプルなのに飽きが来ないのは、それなりの装飾の工夫があるためだ。
 3階の窓の飾り・コーニスは、上部の左右につけられているテラコッタとともに控えめだ。3階を抜いた5本の柱形は、玄関ポーチの部分では開口部になっている。v  つけられている模様は、ユリやアカンサスなどで、これも自己主張することがなく控えめだ。こうした装飾がアール・デコ調の中で見事に収まっていて見る人、訪れる人に落ち着いた安心感を与えるようになっている。

   ■狙いは、心休まるビル
 
 
玄関ポーチは装飾もほとんどなくシンプルなデザイン、派手なことをしないという方針が徹底している。
ドアのガラスには青海波が描かれているのも、建設当時のまま。



 なるほどと思ったのは、この建物は、いわゆるオフィスビルと違って、いわば懇親会のための施設なので、会議室などもあるが、基本は、食堂やビリヤード室(会議室に変更されている)、談話室、囲碁将棋室、図書室などを主として備えた、娯楽施設なのだ。派手な、目につくデザインでなく、訪れる人に心を休めてもらうための落ち着いた控えめなデザインであることが、役割上求められているということだろう。
 玄関ポーチの数段の階段は、この数段を上がるうちに、ビジネスモードからプライベートモードへと気分を変えてもらおうという意図を持った階段なのだろうか。
 このオフビジネスの施設がビジネスの中心地にあるというのはロケーションとして合っているのかないのか、何とも判断のしかねるところだ。

 
       
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